澁澤山心行寺

横浜市都筑区荏田東四丁目。法道寺のある澁澤谷のさらに奥にある。
浄土宗。

Webサイトあり。

www.shingyouji-yokohama.or.jp澁澤山心行寺

開基について。

江戸芝 增上寺の末寺なり。開山 相譽 慶長十九(1614)年五月六日化す。

新編武藏風土記稿』卷之八十七 都筑郡之七 

上記心行寺Webサイトに拠れば、前身は江田源三を開基として建立された禅庵であり、後に浄土宗に改宗し現在の心行寺として中興された、という寺伝があるとのこと。

新羽大熊農業専用地区

横浜市港北区新羽町・都筑区大熊町仲町台駅のすぐ近くに広がる農業地区。

新羽大熊農業専用地区

横浜市史Ⅱ』第3巻(上) 第三編 経済Ⅰに拠ると、都市農業を実現するために整備された農業専用地区第1号で、港北ニュータウン造成と同時に建設開始された。

市電の車輪

横浜市都筑区勝田町。勝田住宅第3集会所前。

市電の車輪

現集会所ができる前はこの場所に市電の供出車両が置かれ、集会所代わりに利用されていた。現在その供出車両の車輪のみが同じ場所に設置されている。

横浜市電が走った街 今昔』(長谷川弘和)に拠れば、供出された車両は1972年8月13日に運搬され、車号は1161号(1150形)だという。

新照山蓮華寺

横浜市港北区新羽町。間門谷の最奥部にある。
新義真言宗

『新編武藏風土記稿』では「岡上東光院の末、泰榮山と號す」と山名が異なっている。

 新照山蓮華寺

 開基について。

廿年前回祿(火災)にかゝりて堂舎以下烏有となりしとき、舊記も失ひて詳なることは傳へず、たゞ開山 朝譽 永祿年中(1558~1570)の人なりと云ことのみ語り傳へり。

(中略)

當寺は昔わづかなる草庵にして、村内專念寺(浄土宗)の隱居所なりしが、後一宇となして又改宗せりとぞ。

新編武藏風土記稿』卷之八十四 都筑郡之四

荏田宿

横浜市青葉区荏田町。旧大山街道の宿場。

常夜灯

江戸日本橋よりは行程七里にあまれり、(中略)

その内往還の左右へ軒をつらぬるものは二十四軒なり。

新編武藏風土記稿』卷之八十七 都筑郡之七

明治二十七(1894)年の大火とその後の開発により、写真の常夜灯といくつかの建造物を除き、当時を偲ぶ風景はない。

江戸時代の画家 渡辺崋山(1793~1841)の『游相日記』には荏田宿の旅籠「升屋(枡屋)」に入る記載がある。

横浜生田線にある学生服を商う「現金屋」は、元々大山街道沿いにあった衣類を扱う商店であった。また、街道と並行して流れる布川(早渕川の支流)は、宿場の紺屋が布を洗っていたことが由来という(『都筑の民俗』pp.346-354)。